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コラム

「喫煙者は不採用」から考える企業の採用の自由と人権

ここがポイント‐この記事から学べること

1.「喫煙者お断り」は拡大傾向

喫煙者は不採用

学校敷地内の全面禁煙措置を講じている大学は増えているものの、そこから一歩進んで喫煙者を教職員採用から除外するという措置をとった大学は、報道によれば、おそらく長崎大学がはじめてかもしれません。この「喫煙者はお断り」の方針に対しては、「分煙がされたらそれでいいんじゃないかと思う。タバコを吸うから採用しないっていうのは一種の差別につながると思う」「できたら違うところで吸ってほしいと思うんですけど、教職員として採用しないっていうのはちょっとどうかなって思います」など、反対の意見も聞かれます(テレビ長崎‐2019年4月23日)。
一方、民間企業では「喫煙者は不採用」の方針が広がりつつあります。全国に旅館やホテルを展開する星野リゾートグループでは既に喫煙者を採用しておらず、ファイザー日本法人では2019年度中に喫煙者ゼロを目指し、2020年入社から喫煙者を採用しない方針を打ち出しています。損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険も、2020年新卒採用の募集要項に「非喫煙者であること」と明記したことを発表しました。

就業時間中の全面禁煙
また、非喫煙の流れは採用面だけではありません。味の素は、就業時間中の喫煙を一切禁止し、社内のみならず営業などで会社を離れる間も喫煙を禁止するなど、全面禁煙を徹底します。ローソンはこうした勤務時間中の終日禁煙を既に実施中であり、ソフトバンクも同様に就業時間中の全面禁煙を実施する方針を示すなど、「仕事中は全面禁煙」「喫煙者は不採用」の流れはますます加速する様相を呈しています。

2.喫煙の自由と人権

喫煙の自由と人権問題

喫煙者の採用見送りが進む中、喫煙者を排除する風潮には「差別だ」「人権侵害だ」という声も喫煙者を中心に根強く残っています。では、「喫煙者は不採用」とする扱いは、人権問題になるのでしょうか。
実は、「喫煙権」「喫煙をする自由」が人権として保護されるのかという問題は、古くから論じられている憲法上の論点です。喫煙の自由をめぐる代表的な最高裁判所の判例に、「被拘禁者の喫煙の禁止」について争われた最高裁昭和45年9月16日大法廷判決があります。

最高裁昭和45年9月16日大法廷判決

同裁判は、1日40本~50本の煙草を常用する愛煙家であったXが、未決勾留によって刑務所で拘禁された際、喫煙を希望したがこれを拒否され、釈放されるまで喫煙を許されなかったことに対し、憲法18条で禁止される苦役を強制されたなどと主張して国に対し国家賠償を求めた事例です。
この裁判の中で最高裁は、喫煙の自由とこれに対する制限について、次のように述べています(別冊ジュリスト 憲法判例百選Ⅰ)。

「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品に過ぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。したがって、・・・喫煙禁止という程度の自由の制限は、必要かつ合理的なものであると解するのが相当であり、・・・未決勾留により拘禁された者に対し喫煙を禁止する規定が憲法13条に違反するものとはいえないことは明らかである。」

喫煙の自由が憲法で保障される人権か否かという点については、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても」述べるのみであり、憲法13条(生命、自由、幸福追求の権利)で保障されることを仮定しているにとどまります。したがって、喫煙の自由が憲法で保障された人権であるとは必ずしも断言できませんが、少なくとも憲法上の問題として争う余地はあるといえるでしょう。ただし、喫煙が持つ性質を踏まえると、逮捕・拘留された被拘禁者のみならず、他の場合であっても喫煙禁止という自由の制限が「必要かつ合理的なもの」と判断される可能性は高いように思います。

自由権は「国家に対する防御権」

なお、こうした「自由権」は、本来、国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除して国民の自由・権利を保護するものですので、基本的には公権力との関係で問題となりうるものです。したがって、私企業と従業員という私人間に直接憲法上の人権規定が適用されるものではありませんが、「喫煙の自由」に対する考え方は、企業の採用指針や服務規律を検討するうえでもその制限の趣旨や解釈等は参考になるでしょう。

3.企業の採用の自由

採用の自由と立法規制

企業が誰をどのような基準で採用するかは、契約自由の原則のもと、本来的には使用者がその自由裁量によって行うことのできるもので、自由権の内容として憲法上も保障されるものです。もっとも、こうした契約の自由も、公正な経済秩序を確保し弱者を保護するという観点から、「公共の福祉」による制限に服します(憲法13条、22条等)。実際に、労働法分野における立法政策では、採用の自由への制限が広く行われています。
たとえば、男女雇用機会均等法は、募集・採用における均等機会の付与を使用者に義務付けていますが、これは採用という「契約の自由」に対する公権力介入の典型例といえるでしょう。この他にも、希望者全員を65歳まで継続雇用することを義務付ける高年齢者雇用安定法や、一定の場合に派遣先が派遣労働者に対して直接雇用の申込をしたものとみなされる労働者派遣法など、採用の自由に対する立法規制は多く存在しています。

思想、信条と採用の自由

それでは、立法規制がなされていない事項については、企業は「契約自由の原則」どおり採用の自由を全面的に享受することができるのでしょうか。使用者の側では「採用の自由」が、労働者の側では「喫煙の自由」をはじめとした各種の自由権がある場合に、どのように考えればよいでしょうか。
より分かりやすい問題設定としては、「使用者は労働者をその思想・信条を理由に採用拒否できるか」というものがあります。個人の思想・信条の自由は、憲法19条で保障される基本的人権ですが、企業は、たとえば応募者の政治信条や思想、右派か左派か、といった理由によって採用を拒否することはできるのでしょうか。あるいは、採用諾否の判断のために、そうした思想・信条を調査することは許されるのでしょうか。
この問題に対する重要な考え方を示した最高裁判決に、三菱樹脂事件‐最高裁昭和48年12月12日大法廷判決があります。

三菱樹脂事件(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)

この事件は、入社試験の際に学生運動等の活動を秘匿していたこと等を理由に本採用を拒否されたXが、労働契約関係の存在の確認を求めて企業を訴えたもので、原審(東京高判昭和43年6月12日)では、採用試験に際して政治的思想、信条に関係する事項の申告を求めるのは公序良俗に違反すると説示していました。
これに対して、最高裁は、思想・信条の調査や採用の自由について次のように述べ、原審の判断を覆しました(別冊ジュリスト 憲法判例百選Ⅰ)。

憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等と同時に「22条、29条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、・・・原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法と」したり、直ちに民法上の不法行為とすることはできない。したがって、「企業者が、労働者の採用決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも」違法ではない。

つまり、企業は、契約自由の原則のもと、誰を雇用するか、どのような条件で雇用するかについて、原則として自由に決定することができ、そのため、特定の思想、信条を有する者をその思想、信条を持つが故に採用拒否することも企業の自由だということです。また、その採用の自由を行使する前提として、労働者の思想、信条を調査しその申告を求めることも、やはり許されるということになります。

喫煙の自由と喫煙者の不採用

このような理屈で考えれば、企業が「喫煙者」という特定の嗜好を有するものを採用しないという採用方針は、契約の自由の一環として企業が自由に決定できるものであり、その前提として、喫煙の有無を調査し申告させることも許される、という結論を導くことができます。
したがって、「喫煙者お断り」を仮に人権問題として捉えたとしても、契約自由の原則のもとでは、そうした特定の採用方針を取る企業の態度に人権侵害などの違法性は認められない、ということになるのではないでしょうか。

企業は「採用の自由」を使いこなすべき

最高裁でも述べられているとおり、企業は経済活動の自由の一環として契約締結の自由(採用の自由)を有しており、「いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、・・・原則として自由にこれを決定することができる」わけです。昨今の売り手市場や労働者側の権利意識の高まりにより、採用面接の際の質問に気を使いすぎている企業も見受けられますが、過度な萎縮は非常にもったいないことだと常々感じています。
未だ色濃く残る長期雇用制度(終身雇用制度)、年功賃金制度を核とする日本型雇用システムのもとでは、いったん採用した労働者を解雇することは厳しく規制されています。そのため、人格的尊厳やプライバシーなど当然配慮すべき事項を除けば、制約がほとんどないと言っていい契約締結前の採用時点では、「採用の自由」を享受することに過度の遠慮は必要ないのではないでしょうか。
現在の労働法制のもとでは、そもそも公募によるか縁故募集とするかも企業は自由に決められ、いわゆる「コネ入社」に対する規制もありません。採用の基準や判断についての合理性も要求されておらず、まさに企業の自由裁量に属しているのが採用という場面です。簡単には解消できない継続的な雇用契約関係を予定しているからこそ、企業は採用の自由を遠慮なく行使し、メンバーとして加えるのに適当か否かについてしっかりと見極めをしていただければと思います。

終わりに

憲法上のいわゆる「人権」規定は、基本的には国や公共団体と個人との関係を規律するものであって、私人相互の関係を直接規律することを予定しているものではありません。もっとも、「人権」は一般的な用語として広く使われていることもあり、「喫煙者は不採用」を人権と絡めて考えてみることは、企業の採用の自由を理解するうえでも有益ではないでしょうか。今回は喫煙者と人権をテーマに企業の採用の自由について論考してきましたが、他にも「髪型」や「服装」などをテーマに採用の自由を考えてみるのもおもしろいかもしれません。

弁護士 古山雅則

この記事を書いた執筆者:弁護士 古山雅則

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。

2019.09.25 | コラム

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