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コラム

中途採用時の前職調査‐労務リスクの予防は採用前から

ここがポイント‐この記事から学べること

新型コロナウイルス感染拡大の影響により状況が変わっているとはいえ、業種によっては「人手不足」「売り手市場」に悩む中小企業は今なお数多くあります。とはいえ、採用選考をおざなりにすれば、企業は能力や適格性が欠如するなどの問題社員の対応に非常に苦慮することになりかねません。そこで、ここでは、中途採用時における応募者の調査の一つとして、新聞に先日取り上げられていた「前職調査」をご紹介します。

1.試用期間では対処が困難な日本型の雇用契約

雇用契約とその解約(解雇)
雇用契約とその解約(解雇)

雇用契約は、いったん成立すれば、それがいわゆる正社員たる無期雇用契約であれば、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合には解約(解雇)をすることはできません(労働契約法16条)。それが期間の定めのある有期雇用契約であれば、やむを得ない事由がある場合でなければ期間中途で解約(解雇)をすることはできません(同法17条)。こうした解雇の合理的理由や社会的相当性は、職務内容に限定がなく、長期雇用を前提とするような日本型の雇用契約においては、経営者の方が想像する以上に厳しく判断されるということをまずもって覚えておかなければなりません。

このため、勤務成績が著しく不良な社員や業務命令等に違背するなどの社員を退職させる場合には、このような法規制を理解し、解雇等を正当に行うための準備を念入りに行うことが多くの場合において求められます。逆に言えば、入念な準備と適切なプロセスを踏めば、個別具体的な事情にはよるものの、企業はその目的を達成できる可能性がありますが、そこには多くの場合において大きなエネルギーが必要となることを理解しておくことが大切です。

試用期間と本採用拒否

採用という「点」での観察だけでは応募者の能力や適性を正確に評価することは困難です。そこで、企業では、採用後の一定期間を試用期間として就業させ、採用者の適性の有無を判断することが通例です。この試用期間における働きぶりを評価した結果、適性が欠如すると判断すれば本採用を拒否することとなります。

もっとも、試用期間中の契約関係は、解約権留保付きの労働契約であると解されるのが一般です。つまり、解約権が留保されているとはいえ、雇用契約は成立しているとみなされますので、本採用拒否は解雇にあたることになります(最大判昭和48年12月12日-三菱樹脂事件参照)。

この本採用拒否の解雇は、「通常の雇用契約における解雇の場合よりもより広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべき」(最判平成2年6月5日)とされていますが、使用者側に自由裁量による解雇権が与えられているものではありません。本採用拒否についても、普通解雇に準ずるような準備とプロセスを経たうえで行うことが適切といえるでしょう。

このように、試用期間満了による本採用拒否も、それが解雇であるが故に決して簡単に行えるものではありません。何より、試用期間中であっても当該企業に不適合な社員に対処しなければならない環境は非常にストレスがかかります。そこで、こうしたリスクを低減するため、採用選考における前職調査の活用が考えられます。

2.中途採用時における前職調査の活用

前職調査による情報収集

前職調査とは、応募者の就業態度や能力、性格や協調性の有無等を現在又は過去の就業先に照会をし、企業が採用選考において判断の参考となる資料を収集するものです。

2020年8月8日の日経新聞朝刊では、この前職調査の企業向けサービスが広がっているとの記事が掲載されていました。この記事では、「昨秋開始のレファレンスサービスは絶好調。実施数は約5000件になる」との前職調査サービスを行う企業の声が掲載されています。

調査方法はサービス提供会社によって様々だと思いますが、記事の中で紹介されていた調査方法は次のようなものです。

① 利用企業が応募者から前職調査の同意を取る
② サービス提供会社は応募者が名前を挙げた前職の上司・同僚・部下にメールで質問を送る
③ 回答はアルゴリズムで解析され、応募者の思考の特徴、採用後考えられるリスク、次の面接で聞く質問を利用企業に戻す

こうした前職調査は、応募者にとってマイナスに働くことがあることは否定できませんが、プラスに働くことも当然あります。採用におけるミスマッチを防ぐという目的においては、採用企業と応募者側双方にとって有益な方法の一つといえるのではないでしょうか。

調査の自由と応募者のプライバシー保護

企業経営のリスクを負う使用者としては、経営の根幹をなす「人材」について、採用の自由とその前提となる調査・情報収集を行う自由を基本的には有しています。

他方で、応募者にとって自身に関するあらゆる情報が収集されるとすれば不利益が大きく、調査には強い抵抗があるでしょう。調査、情報の収集方法は社会通念上妥当な方法で行われるべきであり、応募者のプライバシーを侵害するものであってはならないことは当然です。

こうした個人情報保護やプライバシー保護の観点から、厚生労働省は、「労働者の個人情報保護に関する行動指針」を定め、使用者による情報収集に対し制約を加えています。同行動指針において収集することが原則的に禁止されている情報等は次のとおりです。

① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
② 思想、信条、信仰
③ 労働組合への加入、労働組合活動に関する情報
④ 医療上の個人情報

前職調査においても、プライバシー保護には当然に配慮したうえで、職務内容や職業能力との関連性を有する事項について、採用選考の目的達成に必要な範囲内において情報を収集することが大切です。

企業側・応募者側にとってフェアな採用とは

ミスマッチの防止は労使双方にとって望ましいものですが、前職調査には抵抗のある応募者も多いかもしれません。「嫌だったが、同意せざるを得なかった」とやむなく同意せざるを得なかったという応募者の声も聞かれます(前掲新聞記事)。企業の採用責任者も、「レファレンス自体を拒否されたら選考を中止する」ことを認めており、「求職者には事情があるもの。日本のレファレンスチェックは彼らの不利益が大きい」との弁護士の指摘もあります(前掲新聞記事)。

もっとも、いかなる事情があるにしろ、応募者は履歴書への記載や面接における質疑応答の中で、自身の労働力評価に関連する情報については真実を述べるべきであり、その真実性を前提とすれば、これらに関する情報を収集されることによる不利益は実際上あまりないといっても良いといえます。そして、それらの情報の中に「評価」が含まれるものがあったとしても、常にとは言いませんが、多くの場合において主観的評価よりも客観的評価が正しいものと考えています。

他方で、例えば経歴詐称については、それがたとえ採用判断に決定的な事項に関するものでなかったとしても、詐称という事実そのものが使用者にとって信頼関係を破壊するに足りる事由であることは少なくありません。実際上経歴詐称の問題が皆無でない以上、その点を確認できることは雇用契約締結における公平性に資するものといえます。

考え方は様々かとは思いますが、少なくとも企業にとっては、ミスマッチを防ぐ方法として前職調査は選択肢の一つとなり得るのではないでしょうか。

弁護士 古山雅則

この記事を書いた執筆者:弁護士 古山雅則

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。

2020.08.18 | コラム

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